プロフィール

カナダ(バンクーバー)に1年、オーストラリア(シドニー)に20年在住後、田舎暮らしが恋しくなり2015年にUターン帰国しました。シドニーではアメリカ、スウェーデン、オーストラリアの出版、通販会社やコンサルタント会社に勤務。主にマーケティングとプログラムマネジメントの分野でキャリアを積みましたが、現在は地元岡山でオンラインのコーチングビジネスおよび英会話スクールを運営しています。

関連資格

英検1級、TOEIC 990(旧形式)、985(新形式)、NAATIオーストラリア翻訳国家資格、実用イタリア語検定準2級、Global Language and Life Coach School認定コーチ、逆算手帳®公認ビジネスパートナー

​ミッション&理念

教育格差による格差社会の是正
多様性(ダイバーシティー)および環境保護の促進
上記による地方創生​

​趣味

アートや歴史(特にヨーロッパ)が大好きで、イタリア語やフランス語を独学しながら時短水彩スケッチにも挑戦中。毎日ヨガと瞑想に励むベジタリアンでもあります。人生100年時代に備え、筋トレ、毎日1万歩、おうちズンバやサルサも実践。ミステリーオタクでアガサ・クリスティーの本はほぼ全部読んでます。「メンタリスト」とコナン君のファンです♪​

好きな言葉

Please take responsibility for the energy you bring into this space.

– ​Dr. Jill Bolte Taylor 

​あなたがこの空間に持ち込むエネルギーに責任を持ってください。

– ​ジル・ボルト・テイラー博士

私が「英語ペラペラ」になるまでの道のり

私は岡山県南部に位置する田舎町で生まれ育ちました。なのに車の中で両親が繰り返しかけていたマザーグースの英語の歌の影響で、3、4歳の頃からすでに「将来は海外に住む」ことを心に固く決めていた、少し変わった子供でした。

ですが田舎のごく普通の家庭に育ったのでコネがあった訳でもなく、当時はまだインターネットさえ存在しない時代。一体どうすれば海外移住の夢が叶うのか、想像さえつきませんでした。いずれにせよ英語力が必要なのは確か。なので10代の頃から「NHKラジオ講座」などの色々な教材やメソッドを試しながら、少しずつ英語力を身に付けていったのです。

その内ワーキングホリデー制度を知り、「これだ!」と閃きました。日本にどうしても居たくなかったので進学しなかった私は、バイトでお金を貯めて19歳の時にカナダのバンクーバーに住み始めました。自分なりに英語を勉強していたとはいえ、客室乗務員が何を言っているのかもよく分からないレベルで、隣の座席の日本人乗客に心配されてしまったのをよく憶えています・・・。

バンクーバー滞在中はテイクアウトのお店や日本食のレストランで働きながら、少しずつ英語環境に慣れていきました。正直一番効果が高かったのは、テレビ視聴と読書(図書館によく行っていました)。今ではYouTube、ポッドキャストやKindleなどを利用すれば、日本に住んでいても簡単に英語環境が作れます。でもその当時の日本で日々英語に触れるのは、かなりハードルが高かったのです。

滞在中、オーストラリアのワーキングホリデー経験者何人かと、お話をする機会がありました。とても良い評判を聞いた私は「よし、次はオーストラリアに行こう!」と決意。帰国後にまたバイトでお金を貯め、20代前半でケアンズに向けて出発しました。ところが当時のケアンズはまだ開発が進んでなく、かなーり退屈な田舎町・・・1年間ここで過ごすのはもったいない!と感じた私は、長距離電車でシドニーに向かいました。

この決断は正解でした。地理が全く分からないので、履歴書を持ってシティをウロウロするというなんともアバウトな就職活動を始めたのですが、幸い免税店ですぐに仕事が見つかりました。しかもラッキーなことに、タイの観光客グループを誘致していたお店だったため、日本語を使う機会はごく限られていました。英語の上達に一番効果的なのは「仕事で使うこと」ですが、その環境に自然に身を置くことができたのです。

シドニーでの生活がすっかり気に入ったので、結局学生ビザを取得して再入国。ビジネスカレッジに通ってコンピューターの使い方などを学びました。その甲斐あってなんとかオフィスでの仕事をゲットした私は、学生ビザが切れる前にビジネスビザのスポンサーを見つけることを決意。SNSなど存在しない時代でコネなど何もありませんでしたが、ご縁があったのかダイレクトマーケティングの会社で仕事とビジネスビザを得ることに成功したのです!

その後転職を繰り返しながら、ようやく永住権を取得しました。日本人が少なく「英語は話せて当たり前」の環境でずっと働いていたため、その頃にはごく自然に英語でのコミュニケーションが取れるようになっていました。とはいえ「海外に住んだら英語は自然に話せるようになる」という認識は間違いです。インターネットが普及した今では、どこに居ても日本語の情報が簡単に入手でき、日本語でコミュニケーションを取ることが可能だからです。「どこに居ても誰とでもつながれる」時代だからこそ、英語を習得するためにはより一層の規律が必要なのかもしれません。

シドニーでの経験は私の一生の宝物ですが、20年の間に人口がどんどん増え、すっかり都会になってしまいました。元々人混みが苦手で田舎暮らしが恋しくなった私は、2015年11月にUターン帰国して英語講師としての第二のキャリアをスタートし、その後コーチの資格も取得しました。自らの海外経験を活かしながら英語コーチとして伴走させて頂き、皆様の夢を叶えるサポートができればこれ以上の喜びはありません。

シドニーのNSW州立美術館でボランティア中の一コマ